オリーブ・コンソートの一員で、先日イタリア公演を終えたばかりの田中せい子氏より「これさえ読めば準備OK!」のオリーブ・コンソート公演解説が届きました!リコーダー音楽を演奏し尽くしたレジェンドたちが今なお情熱を注ぐ演奏会とは…?器楽音楽の夜明けの音色とは…?注目の公演をお聴き逃しなく!
執筆・田中せい子
ヨーロッパ音楽はルネサンス時代に誕生したポリフォニー(多声音楽)の技法を土台に、その後、数百年をかけて爆発的な発展、普及を遂げました。現在私たちが親しんでいるクラシック、ジャズ、ロック、ポップスといった広いジャンルの西洋音楽も、その流れの延長上に生まれてきたものです。
今回「層・レイヤーズ」で取り上げる曲は全て、1200年から1500年(中世、ルネサンス時代)にかけて作曲されており、それはまさにこのポリフォニーが生まれ、凄まじい勢いで発展していった時代の音楽です。各作品は現存する様々な資料(手書き譜)からケース・ブッケが書き起こしたものばかりであるため、ここ日本では初めて演奏される曲も少なくないでしょう。
ちょうどこの時期、音楽の主役は歌であり楽器は伴奏、という考え方に変化が訪れ、当時の花形楽器であったリコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバ、コルネット、トロンボーンといった器楽のためのポリフォニーが誕生します。古楽のレパートリーで器楽曲というと、もっぱら1700年代のバロック作品に光が当てられており、ルネサンスの器楽作品はあまり知られていないのが現状です。一般的なルネサンス器楽のイメージは、古典舞踏とともに演奏する楽師の奏でる舞曲、といったところではないでしょうか?ところが多くのルネサンス期の作曲家はすでにこの時代大変緻密な作りの器楽作品を量産していたのです。そしてこのジャンルは、万人向けというよりは専門家向け、バロック作品で言えば丁度バッハの「フーガの技法」のように、ポリフォニーの作曲技法である「対位法」の可能性をあらゆる角度から追求するものでした。
例えばある4重奏の曲では上の2声部が2つの異なる旋律を演奏し、下の2声はそれと同じ2旋 律を持つ。終わりの音から始まり、最初の音で終わるよう旋律が逆行で書かれている。そして、それらを4声同時に演奏して成立する曲とか、4重奏の中の2声部はずっとカノン(同じ旋律をずらして演奏)で作られているとか、曲中2声部間で4度の関係を保ちながらカノンが展開するとか・・・。また、リズムの面でも音楽理論と記譜法の発達によって、それまで長(ロンガ)短(ブレヴィス)の大雑把なリズムしかなかったところに、あらゆる音価を様々に組み合わせたリズムが誕生します。そして歌に比べるとリズムの細部を表現しやすく、音の跳躍も得意な器楽の特性を生かし、リズムの複雑さが際立った様々な器楽曲が書かれるようになります。
ポリフォニーでは旋律の横の流れだけでなく、縦の関係においても模倣しながら複数の旋律が同時に流れていくため、1つのわかりやすいメロディーや全員が揃う分かりやすいリズムはあまり登場しないし、聴きながらすぐに上述したような構造が理解出来るわけでもないけれども、そこからはまるで「自然の法則」とも言えるような、限りなく普遍的なものが聴こえてきます。それはリコーダーという楽器を媒体として、人間の脳の奥深くに語りかけてくるような響きです。まさにそれがルネサンスの作曲家が深い思考と知性を結集して追及した「美」であり、それは何百年という時を経ても色褪せず、当時の音楽を全く知らない現代の人々にも共感できるものであると感じます。
ルネサンス時代にはこういった、音楽史の表舞台に全く上ることのなかった小曲が無数に作られ、その「層」のような積み重ねが発展の基礎を築いていきます。バロック時代のリコーダーソナタがきらびやかな宝飾品だとすれば、ポリフォニーによるリコーダーコンソートはダイヤモンドの原石のような存在です。ほとんど顧みられることのないジャンルでありながら、西洋音楽の根本を成す数々の名曲。今回のプログラムではこれらの曲を演奏においても層のように並べ、まるでクラブサンドイッチのように重ね合わせてお届けします。どれも短い曲でありながら、その1曲1曲が持つ音の世界の広がりと多様さに、リコーダーコンソートにこんな世界があったのか!こんなリコーダー曲があったのか!と思っていただければ、そして、ルネサンスのポリフォニーによる器楽音楽に、一人でも多くの皆様が関心を寄せていただければ幸いです。